「恋はみずいろ」を聴きながら

北海道釧路市で不動産鑑定士をしております小原孝太郎と申します。普段の生活を中心に書いてます。

ようやく「忘れられた巨人」を読み終える。

全く別のビジネス書を読んだり、他のエッセイを読み返したりで、脱線続きだったのと、前半の内容がやや難解だったせいもあって、時間がかかってしまいましたが、カズオ・イシグロさんの「忘れられた巨人」(原題:The Buried Giant)、昨夜ようやく最後まで読み終えることができました!結構エネルギーが要る小説でしたし、一回読んだだけでは、正直細部についてまで読みきれていない部分を残した小説だと思います。最後のオチがわかったところで、改めて読み返してみると、別の発見がある小説なのではないかと思います(よくできた映画みたいに)。

 

この作品、最後まで読み終えて思ったのが、一番印象的だったのは、今まで読んできた作品と違って、一人称形式の独白形式ではないこと。

老騎士の視点で語られる章があり、

老夫婦(おそらく主人公にあたる)の視点で語られる章があり、

雌竜の息子(?)である少年の視点で語られる章があり、それらが複合、一体となって、物語が進んでいく、そういう小説でした。

私が読んできた「日の名残り」「浮世の画家」「わたしを離さないで」「日の名残り」と違って、視点が固定的ではなく、複合的です。それが他の作品よりも頭を使うストーリー展開だったということかもしれません。「霧」というキーワードが印象的でしたし、釧路という霧深い街に住んでいるためか、イメージが沸きやすかった。

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もう一つ違った点は、戦場、殺戮シーンがより直接的に登場すること。他の作品は、戦争がテーマでしたが、戦闘の最前線の場面は全く登場しなかった。でも、この作品は違う。サクソン人とブリトン人の対立がかなりビビットに描かれていました。この民族間の対立は、比喩的なもので、いろんな対立に置き換え可能だと思いました。

 

何を忘れて、何を憶えているべきなのか、

このテーマが社会的なものだけではなくて、夫婦、個人間にも及ぶということを示したところで物語は終わります。

 

最後のエンディングは、ある意味残酷な気もするので、この小説、ファンタジー小説と位置づけた方が、読者としては(特に既婚者の読者にとっては)いいのかもしれません(笑)でも、完璧な夫婦なんて本当に存在するのかな・・・って思ったりしますが。

 

次の作品発表は、2025年あたりになるのでしょうか?次読むとしたら「私たちが孤児だったころ」に挑戦したいと思っています。エネルギー消耗したので、次はシンプルでショートな作品を読もうと思っています。