「恋はみずいろ」を聴きながら

北海道釧路市で不動産鑑定士をしております小原孝太郎と申します。普段の生活を中心に書いてます。

「白い人」からも「黄色い人」からも

就寝前の読書タイムは、遠藤周作さんの「白い人」を読み終え、あと一晩で「黄色い人」も読み終えたところです。どちらも戦争の真っ只中、敵国からの攻撃がじわじわと迫り来るという極限状態の中、「神」という絶対的な存在を試そうとする、というのがメインのテーマでしょうか。

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二つの作品とも、読み進めるにしたがって確かに読んだことがあり、ストーリーの記憶も徐々によみがえってきました。両作品ともかなりインパクトのあるストーリー展開なのに、なぜか記憶に残っていませんでしたが、確かに一度読んだことは、間違いないと思います。作品そのもののテーマが非常にシリアスといいますか、非常に重く、文学の専門家でもない私が論じるのも似つかわしくないというのもあるのですが、私自身が二十歳の時(たぶん)、どうしてこれほど暗く重たいテーマの小説をあえてチョイスして読んでいたのか?そちらの方に興味を持ってしまいました(笑)


「白い人」の中には自分の容姿にものすごいコンプレックスを持った人々が登場します。思い返せば、私自身も同世代の若者に比べて、ものすごく劣等感を持った若者だったと思います。周りの人達から注意される位、物事を悲観して考える性格でした(笑)歳を重ね、大分精神的には楽になったと思いますが、そういう性分は今でも幾分残っているかもしれません。以前ある方から、暗い小説、重い小説を読んで疲れてしまわないか、気持ちが落ちてしまわないかと聞かれたことがあります。その時は上手く答えられなかったのですが、こういう小説世界の絶望的な状況下から、今の現実の環境が数段マシなんだと思えたことが何度もあって、それで頑張れたことがあった気がします。だから、暗い、重い、どちらかといえば悲劇的な作風の作品からも逆にエネルギーをもらえるものなんじゃないかな…そう思っています。


多分、約20年前、この本を読んだ時も今思うと大したことはない何かで悩んでいたのではないでしょうか。曖昧な、遠い記憶の中ではあるのですが、昔の自分を振り返って、今の自分も少しでも物事を楽観して見るよう努めなくては、と少し考えたところです。今日は前から思っていたことを書いてみました。