「恋はみずいろ」を聴きながら

北海道釧路市で不動産鑑定士をしております小原孝太郎と申します。普段の生活を中心に書いてます。

屈斜路湖周辺をドライブ。

昨日は家族と屈斜路湖北東部にある「砂湯」というところまで、日帰りドライブして来ました。釧路市街地から車で2時間弱ぐらいのところでしょうか。小中学校の頃、バス遠足や修学旅行で立ち寄った記憶がある、釧路育ちの私にとっては、お馴染みの景勝地です。穴を掘るとちょうど温かいお湯(温泉)が出てくる、そういうスポットなので、子供と一緒に行くには楽しめるところかもしれません。


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私の子供の頃、十代の頃と決定的に違うのは、訪日外国人の方々の圧倒的な多さ。砂湯は中華系のファミリー中心でしたし、ここから近い硫黄山近くでは欧米系の方々が自転車で周遊されているのを目にします。


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(冬にはハクチョウ達が集まってくる場所でもあります。お湯のおかげで凍らないんです)


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(幻のクッシー伝説も幼少の頃より聞いてますが、残念ながらまだ一度も出会えてません…)


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(熊の足跡らしきものも見られたので、お気をつけ下さい)


年々観光で道東の各景勝地で訪れる外国人の方々の数が増えて来ているのを肌で感じます。定住人口が減少の一途を辿る一方で、こういったトレンドも見逃してはならないのかなと肌で感じました。かつて訪れたことがある方も、たまにリピートして足を運んでみると新たな発見があるかもしれません。私個人は、久々に親子で日帰り旅できて(息子も何かかと忙しくなってきたので)楽しかったです。



釧路湿原マラソンのゼッケン引換証が届いた。

今月28日に迫った令和最初の釧路湿原ラソンのゼッケン引き換え証がわが家にも届いてました。今日は、雨混じりの釧路の空模様でしたが、室内で親子で練習してました。息子はまだ短距離の走り方で不安はありますが、歩いても良いので、本番どれくらいの距離なのかを体感してもらうことにしました。

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さて、先月の月間走行距離は15キロ程度でしたが、今月はすでに30キロに到達しました!去年10キロの部に出て惨敗を喫したので、今シーズンはかなり真面目に走りこんでいます。30分継続して走り続けられるようになると、走った後の爽快感が違います。走り終えた後のちょっと冷たい風が心地よいのです。これも釧路を離れてみて知った釧路の魅力の一つかもしれません。

考えてみると、釧路に戻って来て6年目の今が一番走り込んでいます。村上春樹さんのエッセイにも出てきますが、走っている間は、いろいろ自分の考えを整理するには適した時間でもあります。釧路湿原ラソンが終わっても、しばらくこの運動習慣、続けてみたいと思っています。

太宰治「惜別」を読み終える

一週間ほどかかりましたが、太宰治の「惜別」という文庫本を読み終えたところです。今参加している読書会の過去(まだ私が参加していなかった頃)の課題図書ということでチョイスしました。前回ブログの繰り返しになりますが、新潮文庫版では「右大臣実朝」という作品が併録されており、二つの中編小説が入っている本です。

 

最初の「右大臣実朝」が、古典(増鏡)から引用があったり、血生臭く陰惨な政争の数々が描かれたりで、なかなか頁が進まず、正直骨が折れたのですが、後半の「惜別」が、非常にまっすぐな作品で読んで面白かった。中国の文豪・魯迅が日本の、仙台の医学校に留学した時のエピソードを、同級生の視点から描いていく・・・という小説です。太宰作品はかなり読んだつもりでいましたが、未読の作品ということで、新鮮な気持ちで読みました。そして、考えさせられる内容でした。

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(鉢の朝顔が大きな花を咲かせてくれました。雨模様の釧路ですが、爽やかな気分になります)


一つ目は、中国から日本に来た周青年(魯迅)が、日本を礼賛して、自国を恥じる独白の下りがあったり、ラストに「幻燈事件」が出てきて、自国民のスパイを処刑されているのに、これを嘲笑する大衆の姿に周青年が失望する・・・というエピソードが出てきます。最近中国企業を視察された社長さんのお話を拝聴する機会があったり、香港市民の政治デモの様子を新聞・テレビ・ツイッターなどで拝見する機会があったので、この独白部分、今現在では日中が逆転してしまっているのではないかな・・・?とか、ついつい考えてしまいました。日本人の一人として、海外から謙虚に学び、危機感を持たなくてはならないと思います。

 

二つ目は、この作品が戦時中の表現の自由が大きく制限される中で書かれた作品だということ。「右大臣実朝」はやけに厭世的で現実逃避的な作品で、正直実朝公に共感できなかったけれども、「惜別」は今平和な時代に生きている私が読んでも、全然違和感ない普遍的なテーマで、すごく心に残りました。誰もが簡単に表現できる時代だからこそ、こういった制限ある中での表現というものに、非常に関心があります。

 

「右大臣実朝」から「惜別」に移ったとたん、すんなり読めた一冊でしたが、両作品とも戦時中に執筆されたと解説にあり、ショックを受けました。「惜別」は再読してみたいと思いますし、魯迅の「故郷」(中学校の時の教科書に載っていた短編小説)を再読してみようと思った金曜就寝前の読書でした。



 

 

 


 

 

太宰治「惜別」の中の「右大臣実朝」

寝る前の読書タイムから早朝の読書タイムに切り替えて、また就寝前の読書タイムに戻したりしていますが、今は太宰治の「惜別」という本をチョイスして読んでいます。新潮文庫版で表題作のほか、「右大臣実朝」という中編作品が併録されています。太宰治の作品を読むのは、久しぶりです。中国の作家、魯迅の日本留学時代を描いた「惜別」を読みたいと思って、取寄せた本だけど、鎌倉幕府の将軍で、和歌も沢山詠んだ芸術家でもある源実朝を描いた「右大臣実朝」も面白いです。

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印象深いのが、鴨長明(入道)との対面シーン。


都の真似事をしないで、あずまにはあずまの情があるので、それを素直に詠みなさいと、鴨長明から将軍へアドバイスするシーンがあって、ちょっとビジネス教訓的なメッセージのように受け止めてしまいました。太宰治がこういった歴史物を残していたとは、正直知りませんでした。すごく新鮮な気がします。


ちょうど半分読み進めたところですが、源実朝公が歴史の変わり目に将軍職にあった方ということもあり、続きも興味深く読み進めていきたいと思います。



商業捕鯨復活とわが家の食卓。

調査捕鯨だけ許されてきた状況から、31年ぶりに商業捕鯨が復活し、捕鯨拠点の一つである釧路でも鯨が水揚げされました。

またまた思い出話になってしまうのですが、今を遡ること31年前、小学生だった私に周りの大人達が「もう鯨は食べられなくなるから、大事に味わって食べなさい」と言っていたおぼろげな記憶があります。釧路市内の給食でも鯨の竜田揚げは何度か食べた記憶があります。かなり歯ごたえがありました。同世代の妻(室蘭出身)に給食で鯨食べたことあるかいと尋ねてみると、ないとのこと。北海道内でも、特に釧路と鯨食文化は密接だったのだなと思いました。


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(レバ刺し風にごま油で食べるのが、地元の魚屋さんのオススメレシピとのこと。その通り食べたら美味しかったです。ネギは家庭菜園から調達したもの)


大人になって、お酒を嗜むようになってから、自分の親世代以上の方々が、酒場で「鯨ベーコンをあんなお金出して食べるなんて信じられない」とおっしゃっているのを何度も耳にしてきました。商業捕鯨が再開されたからと言って、鯨肉はさほど安く手に入るわけではなさそうですが、これからどのようになっていくのか、港町に住む一人として、興味深く見ていきたいですし、味わっていきたいと思います。

ヴィーガンの方や反捕鯨国の方から見たら非常に不快に感じられるかもしれませんが、これが私が育ってきた港町・釧路の、食文化の偽らざる一ページなのです。




ジャガイモの花が咲いた。

今朝、事務所前の雑草取りを終えて、家庭菜園に目をやると、ようやく、ジャガイモの薄紫の花が開花してました!


種芋から植えたジャガイモが、あまり手もかけていないにもかかわらず、ここまで順調に育つとは、驚いています。その昔、釧路を開拓した士族の先人の方々が、馬鈴薯の豊作に救われた…という話をつい思い出してしまいました。


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(間引きすると、もっと大きくなるらしいですが、今年はこのまま育ててみます)


この花が枯れる頃、地中の芋の収穫時になります。あまりに順調に育ってくれたので、来年もまた種芋から育ててみようと考えています。ジャガイモが終わったら、秋にはチューリップの球根を準備する予定です。


最近、不動産鑑定の仕事も、地域の中でお手伝いすることも、大きな節目を迎えそうなので、ついつい堅い内容のブログ記事が続いてしまいました。久々に柔らかい日々の話題を書いてみました。釧路も涼しい7月。いよいよ夏祭りの季節に突入です。

経営指針作成後のそれから

今日で大きな仕事がひと段落し、今夜はリラックスしてブログを書いております。7月に入ってから、中小企業家同友会くしろ支部の会合や先輩経営者の主催されたビジネスセミナーに参加する機会がありました。昨年度策定した弊社の経営指針「不動産鑑定を通じて、釧路根室地方に貢献していく」が絵に描いた餅になっていないか、立ち止まって考える良い機会をいただきました。私の仕事は、お付き合いでサービスを買ってもらうというものではないので、いかに鑑定が必要ななった場面で思い出してもらえるか?ということが大事なのかなと考えていて、営業的なこと、販促的なことをしても、結果が現れてくるのは、何ヶ月も先だったりします。だからこそ、成果が見えづらくとも地道に不動産鑑定のことを伝えていくことが大事なのだと、そんなことを先週仕事の合間に思い出しました。

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(本文に全く関係のない画像ですみません)


地方都市で暮らしていると、マンパワーが不足しているので、多かれ少なかれ、何らかの形で地域活動に関与していかざるを得ません。しかし、経営指針を作ってからは、一つ一つの活動、アクションを本当に必要なことなのか、フィルターにかけて整理して考えてられるようになった気がします。たとえば、この活動は私の仕事の周辺、延長線として積極的に関わるべきこと、あの活動は確かに地域の一員として関心を持つべきことだけれど、業務から離れた個人として関わるに留めるべきだとか…できることとできないことを明確に区別していけるようになった気がするのです。


ちょっと抽象的な話、ありきたりな話になってしまいましたが、せっかく作った経営指針、絵に書いた餅にならないよう、しっかり行動していきたいと思います。





平成最後の相続税路線価発表。

少し時間が経ってしまいましたが、今月1日に、国税局から平成31年の相続税路線価が発表されましたね。公表される公的地価には、他に地価公示、地価調査がありますが、異業種の方々や同級生と話をしている中で、身近に感じてもらえるのは、相続税路線価や固定資産税評価額のようです。税金というものが、生活していく中で不可避だからかもしれません。

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この相続税路線価は、課税の公平性に重きを置かれているため、地価公示や地価調査に比べて、広域的、網羅的に路線が設定されています。税金は広く課税しなければならないからです。

これに対して、地価公示、地価調査の設定地点は、一般取引の指標としての位置づけが強いため、不動産取引が安定して成約しているエリアや地域の中で経済的位置づけが高いエリアに限られている傾向があります。地価公示、地価調査は原則として、対前年比の変動率、街路条件などが全て公表されるのも特徴です。両方をうまく組み合わせるのが良いと思うのです。


釧路、根室地方では、路線価設定されていないエリアも少なくないのですが、相続税贈与税を考える際には、まずは保有されている土地が相続税路線価の設定区域であるか(そうでなければ倍率方式という固定資産税評価額を用いて計算することとなる)、参考になりそうな地価公示や地価調査の設定地点はないかを調べてみることから、始めてみるとよいと思います。国土交通省の土地情報ライブラリーや国税局のHPで簡単に調べることができます。公的評価は、実際の成約事例の凸凹(画地条件や契約内容の個別性、需要の強弱、情報の差、売買当事者の関係性などを反映して、実際の取引事例はバラツキがある)を平坦にしているのが、各種公的評価の役割だと思っています。


先日の終活セミナーで、相続税路線価と固定資産税評価額、地価公示、地価調査との関係について質問がありましたので、今日は少し書いてみました。