「恋はみずいろ」を聴きながら

北海道釧路市で不動産鑑定士をしております小原孝太郎と申します。普段の生活を中心に書いてます。

海の日に釧路の海に感謝。

釧路市内に千代の浦マリンパークという遊漁(海釣り)が可能で、バーベキューもできる公園があります。今日は家族ぐるみのお付き合いをしている方々と、ここで海釣りやバーベキューをして一日を過ごしてました。


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今日は釧路にしては珍しく、気温30度を超えたらしく、一日中外にいた私はすっかり日焼けしてしまいました。バーベキューもすごく楽しかったのですが、今回は何といっても釣果が満足がいくものでした。コマイ、キュウリ、ガヤ(メバル)、小さいカレイやカジカが釣れ(教えてもらいながらでしたが…)、正直こんなに色んな種類の魚が釣れるとは思いませんでした。子供達を連れて行っても安全で、しかもこれほど魚が釣れるということは、やっぱりすごいな、と思いました。とても楽しい時間を過ごせました。釣りとか、山菜採りとか、潮干狩りとか、そういうことが出来る期間は短い釧路ですが、こうやって自然と触れ合って頭を空っぽにして楽しめることはすごく贅沢なことだなと思います。


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(針に昆布を引っ掛けたり、仕掛けが流されたりしたけど、ボウズにならなくて良かったです。息子達へのメンツも保てました…笑)


今日は考えてみたら「海の日」。

釧路の海に心から感謝の一日でした。


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林真理子さん「ルンルンを買っておうちに帰ろう」を読む。

林真理子さんの作品を実際に手をとって読むのは、実は初めてになります。NHK大河ドラマ「西郷どん」の原作本とか、全国紙で連載されていた「下流の宴」とか、話題作となった「野心のすすめ」とか、興味をもった本はいくつかあったのですが、意外にもこれまで接点がなかったのです。今回実際に読んでみようと思ったきっかけは、なんといっても今年11月に釧路で開催されるイベントの「エンジン01」の主宰者として、林真理子さんが釧路を非常に高く評価してくださった記事を読んだこと。リップサービスもあったとは思いますが、そんなこともあって(単純ですね)、初期のエッセイを手にとってみました。角川文庫のブックフェアにも便乗した形になります(笑)

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さて、実際読んでみたところ、林さんご自身の嗜好、主張、本音が極めてストレートに表現されているエッセイです。私は今隆盛を極めているSNSの中でも、ツイッターを連想してしまいました。多分この作品が発表された当時は相当バッシングみたいなものがあったのでないだろうかと推測してしまいました。ブログやツイッターの「炎上」をよく目にする今を生きる私達にとっては、それほど過激とも思えず、むしろ共感できる内容、エピソードも多かったです(全てではないけれど)


女性誌の例えは、男性の私は分かりづらかったですが(「クロワッサン的な」「MORE」のグラビアみたいな…とか)、おそらくこういうはっきりとした主張が、多分多くの敵を作った反面、SNSやぶがなかった当時の、多くの方の声なき声を代弁されていたんじゃないかなと思いました。(最後の奥付を見ると、古典の名作並みに刷を重ねているので)こういう SNS隆盛の時代に、このエッセイを読めたというのが、すごく面白かったです。


でも、私は敵を作ってでも、はっきり意見を言っていくタイプではないので、 SNSやブログで影響力を持つタイプでも、文壇やコピーライターの世界でのし上がっていくタイプでもないということははっきりわかった気がします(笑)

釧路の夏祭りの夜に

名前は出せませんが、いつも海釣りを教えてくださっている某さん(転勤族の方です)には色々教えていただいています。某さんがいつも仰っているのは、「釧路が地元の人って、意外に全然釣りしないんですよ。こんな色々なものが釣れるっていうのに、本当もったいない…」釣り具店の方も同じことを嘆いていたそうですし、周りの爆釣している方を捕まえて聞いてみると、道央、十勝からの釣りファンだったりすることが少なくないんだそう…

こういうお話を聞くと、以前「北の勝ワンカップが捨てられない」という過去記事でも書きましたが、地元の魅力って、やはり他所から来た方々の方がよく見えているものなのかもしれませんと改めて思いました。年々経営者同士、同業者同士の会合が多くなりがちですが、それ以外のコミュニティ、クラス会とか保護者会とか町内会とか、そういうコミュニティから学ぶこともあるとそう感じました。

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(昨日は釧路の夏祭り、厳島神社例大祭。最近呑んでなかったのですが、お祭りを口実に地酒ワンカップを一杯だけ呑みました。)


今日の釧路は昨日と打って変わって、雨模様。家族と過ごせる休日だったので、少し残念ですが、釣り具の整理したり、読書したり、インドア活動しようと思います。皆さまも良い一日を!

手作りのボンゴレビアンコ。

堅苦しいブログ記事が最近続いたので、たまには柔らかいネタを書きます。妻と息子が潮干狩りで先日採ってきたアサリを冷凍保存していたので、味噌汁ばかりではなく、アサリのスパゲティ、すなわちボンゴレビアンコ(塩味)を昨日の夕食に作ってみました!このメニューなら、私も独身時代よく作っていました。

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アサリ(厚岸)のものを利用し、越冬した自宅庭のパセリを最後に散らして完成です。地元食材を使って、なかなか美味しいものができたのですが…未だに独身気分が抜けきれていない出来事がありました。5歳の子供がいるにもかかわらず、鷹の爪や黒胡椒をフツーに入れてしまい、妻と息子からはブーイングが…(汗)

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麺が余っていたので、事なきを得ましたが、急に良き家庭人を装ってもボロがでてしまいます(笑)

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とはいえ、出来上がったパスタは非常に美味しかったです。たまに料理するのも大事かなと思いました(笑)道東の食材のことを家庭菜園のことと絡めて、書いてみました。




「菜の花の沖」ついに完読す。

ついに司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」を昨夜読み終えました。一度挫折しちゃったこともあるので、ものすごい達成感、そしてちょっとした喪失感があります。この稿を書くにあたって、自身のブログタイトルを振り返ってみましたが、再チャレンジしたのは、5月7日。ゴールデンウィークの時です。8月から格安航空。いわゆるLC Cが釧路にも初就航することになり、これから定期便が行き来する関西との繋がりを意識したのが、この作品を読もうと思ったのがそもそものきっかけでした。でも、この作品から得たことはそれにとどまらなかったです。人としての生き方、ビジネス的な気づき、道東の歴史、本州各県とのゆかり、千島列島の地理関係、隣国ロシアのこと…古典に属する作品だとは知ってましたが、これほど奥行き深い作品だとは恥ずかしながら知りませんでした。

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一番印象に残っているのは、「みな、人ぞ」という作品の中の言葉。私は、こういう地方都市にいて、どちらかといえば制度に守られた仕事をしています。意識して色々な立場、沢山の視点、視座を取り入れていく必要を感じました。道理もなく力や権威で人を押さえつけたり、押さえつけられたり、そういうことは私も嫌いです。

また、「地方消滅」とか「負動産」という言葉がありますが、それって安易に使っていいのか…とも…

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(嘉兵衛さんの死後、高田屋が松前藩に潰されたのには無常観を感じてしまいました。根室高田屋嘉兵衛像の下の碑)


ご当地作品でもあるので、道東でお仕事している方で、まだ読んでいない方はぜひともご一読を。また、観光や長期滞在で道東に来られる方も一読されると、道東観光がもっと深く楽しめるのかもしれません。

ぱしふぃっくびいなす号の釧路寄港。

今日は釧路に大型客船が寄港する日でした。いつもは朝入港してくることが多いのですが、根室からやってくることもあって、午後3時の入港予定でした。それが、お昼休みにツイッターを覗くと、前倒しされて、12時40分の寄港予定に…

耐震岸壁のある中心部には午後用事があったので、通ったついでにパシャパシャと数枚写真に収めてきました(笑)

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立ち寄ったタイミングでは曇りから小雨の状態。でも、久々に大型客船と遭遇した気がします。6月は釧路寄港がゼロでしたし、ダイヤモンドプリンセスが一回西港に来ていたようですが、その時は見に行けなかった…

この「ぱしふぃっくびいなす」号は日本の船ですが、調べてみるとロシア・カムチャッカの方までツアーしたりすることもあるそうです。今読んでいる司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」の最後の方では、カムチャッカの描写がたくさん出てきます。よくわからないけど、こういう大きな船が来ると、経済効果云々は別として、何だかウキウキした気分になりますね。災害など嫌なニュースも多く目にした一週間だったからかもしれません。


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(遠景より。釧路川も入れてみました)


今日から釧路の街は、厳島神社のお祭り。中心市街地もいつもより通行量が多い、そんな気がした午後でした。


模範解答の一歩先を目指して

先日札幌にて受講してきた北海道不動産鑑定士協会主催の災害時の住家被害認定基準の研修会のこと、今週10日に参加した北海道中小企業家同友会くしろ支部での経営理念作りのための例会に参加したこと、この二つが頭の中をかけめぐりながら、仕事をしています。

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(釧路の霧みたいにもやもやしてましたが、とりあえず少し頭の中が整理できてきたので、記事にしてみました)

 

端的に言ってしまえば、業界団体の研修会と地元経営者団体の勉強会。どちらも私にとってはお世話になっている団体の、非常に有意義な会合であったのだけれど、ちょっと私の中でひっかかるものがあります。そのことを自分なりに整理すべく今日は書いてみました。
 
いつも優等生的な模範解答的な発言、感想を書いてしまいがちな私なのですが、
今回の経営理念作りの例会の課題の中に、「何のために会社経営しているか?」という問いがあり、私は前年度の某社長さんの答えがものすごく印象に残っていて(聞いていて共感したということ)、それをそのまま書いて提出しました。「経営は自分のためであり、家族のためである」と。
これがちょっと参加者の方、経営者の先輩方から、手厳し目の質問がでて(笑)、頭を悩ましたといいますか、自分の考え方が間違っているのではなかろうかと自身の考えについて懐疑的になったのです。経営理念が「鑑定評価を通じて地元のために地域貢献」と書いてあったのですから、その乖離、かけ離れように参加者の方が違和感を感じたのは無理もないこと。鋭い指摘でした。でも、「自分のため」というのは、利己的の意味ではなく、自分と、自分を今現在支えて下さっているお客様に貢献することが、イコール地域貢献だと意味でこういう課題に対する答え方をしました。間違った考えではないかなとも思い直しました。真意は、独立して釧路に戻ってから、地元に帰ってきたという気負いが強すぎて、地域活動的な、奉仕活動的なことにエネルギーを注ぎすぎたのではないかとの反省があり、そうではなくて、もっと(自分というものを中心とした)本業を通じて地域の中での役割を果たしていくべきではないかという思いが強くなっていたのです。
 
いつもこういう団体の集まりに行くと、業界団体内では地方の鑑定士は少数派だから気兼ねしてしまうからだろうし、地元経営者団体内では士業で参加しているのはやはり少数派、開業五年目ということも関係しているのかもしれませんが、なかなか模範解答的なことしか言えない。一番の問題は、人の目を気にしすぎて自分の主張、言い分をしっかり伝えきれていない、そこに問題があるのではないかと、そう思う最近でしたが、そこはちょっと過激すぎたのかもしれません(反省)
 
もう一つ。
先の災害時の住家被害認定基準についての研修を受講したということで、SNS上を通じて各災害地域まで参加を求められましたが、私は参加しないことにしました。参加されている方、現場の第一線で活躍されている方のご苦労は、すごく尊重すべきものだと思うけれども、いざ自分が足を運ぶことが、本当の意味での地域貢献といえるのか、少なくとも自分、自社に落とし込んで考えた場合、そうではないと思えたので。私の場合は、今の持ち場(釧路、根室)を離れず、今目の前にある仕事、目の前のお客様(必ずしも地元という意味だけではないです)を大切にしていくことを全力でやっていくこと。先日受けた住家被害認定基準は、地元道東が天災でなんらかのダメージを受けた時、その時にしっかり使えるものにできるようにしておくこと、もっと効率的な住家被害認定基準はないのか、模索して、もし地域がダメージを受けたときには、迅速に復旧できるよう、備えておくこと、そこなのかなと思っています。ただ、地域エゴみたいになってはいけないし、現場に足を運ぶことは、これからを考える上で一定の意義はあるんだと思います。そういう意味では私の答えが正解とは思っていません。
 
まとまりがない文章になりそうですので、まとめますと、
全く別テーマの二つの勉強会に行ってきましたが、両方に共通して思ったことは、既存のお客様を、本当に自分は大切にしてきたかということ。それを自問、自省させられたそんな気がします。ここはこれからもしっかり向き合っていかなければなりません。誰のせいでもなく、自分自身の問題として、です。
今日の記事は、思弁的、観念的な話になってしまい、すみません。ただ、1年前、半年前よりも、私の考えがずっとはっきりしてきました。ここからは、もっともっと具体的に行動していこうと思いますし、やっぱり具体的な行動から、はっきりした方向性が打ち出せるということなのかもしれませんね。
 

ラストが迫る「菜の花の沖」

大きな仕事をひと段落させ、ちょっとブランクがありながらも、司馬遼太郎さんの「菜の花の沖」最終第六巻を読んでいます。ラストまであと100頁あたりまできました。ロシア側の人質になった高田屋嘉兵衛さんと、ロシア船の艦長リコルドとの緊迫したやり取りが描かれてます。

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鎖国というのが、いかに異常な状況で、私達が歴史の時間に習ったペリーの黒船来航みたいな外国船の来航が、その四十年前ぐらいからいつ起きてもおかしくなかったということがわかりました。

それと、こういう外国との交渉でも、人と人との信頼といいますか、人間的な魅力というものがすごく大切だということも…やはり、両政府の仲介役として、嘉兵衛さんが慎重かつ的確な手順、言葉を選んでいるのが(脚色もあるんでしょうが)、素晴らしい。捕捉されたのが45歳の時ですが、やっぱり少年時代に淡路島で二つの漁村の板挟みになった経験がここで生きてくるというのが、歴史というか人の人生というものが、すごくドラマチックだと思いました(驚)どこかの殿様だったらロシア側も立てて、ここまでできただろうか…


ブランクができてしまいましたが、あまりそれを感じることなく、すんなり読み進めていけそうです。